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研究員の呟き

研究員の呟き

海原治『日本防衛体制の内幕』(時事通信社、1977年)を読む ―現在の防衛政策の視点から―2014/10/06  読むための所要時間:約 5分31秒

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今号では、少し趣旨を変えて『日本防衛体制の内幕』の紹介をしてみたいと思います。

本書は、戦後日本の初期の政軍関係において、防衛庁防衛局長、同官房長、国防会議事務局長を歴任した、海原治による回顧録です。本書の当初の題名は「見果てぬ夢」であり、まさに海原の防衛政策における「挫折」が描かれています。こうした内容を、防衛政策が大きく変わってきた今、振り返ってみることはこれからの日本の安全保障政策を考える上でも有益ではないかと思われることが本記事の執筆趣旨です。以下、少々細かいですが本書を簡単に整理してみましょう。

内容は、防衛庁官房長時代に、次は事務次官と囁かれていた海原が、増田防衛庁長官によって国防会議事務局長に「左遷」される経緯を語った第一章、次期主力戦闘機選定を巡ってF-5を主張した「海原派」への怪文書や軍事研究、帝都日日新聞からの攻撃、バッジシステム導入を巡る攻防、その結果としての国防会議事務局長辞任についての第二、三、四章、外航の商用シーレーン防衛を主張する海上自衛隊と内航防衛に専念させようとする海原の対立についての第五章、三自衛隊に机上の計画ではなく、機能的な防衛計画を策定させ、統合文化を浸透させようとしたものの失敗したことについての第六、七章、彼独特のあるべき自衛隊の戦力構成を語った第八章で構成されています。

本書の根幹は、①内部抗争に敗れた防衛官僚の無念、②旧陸軍主計将校としての中央への疑念、③旧内務官僚としての軍の専門性への懐疑でありましょう。そして、それは「見せかけの戦力よりも本当の戦力を持つ自衛隊へ」という理想像となって、実例とともに本書で繰り返し強調されています。

海原の批判の具体的対象の1つとして、当時、新しい防衛力整備の為の概念として生み出された「基盤的防衛力構想」があります。基盤的防衛力構想とは、1992年の防衛白書の言葉を借りれば、「わが国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、みずからが力の空白となってこの地域における不安定要因とならないよう、独立国としての必要最小限の基盤的な防衛力を保持するという考え方」というものですが、これに対し海原は「抽象的・観念的作文」であり、「現在は”平和時”であるから“戦う”ことは考えなくてもよいと、現状肯定を宣言した」ものであると指摘し、こうした特徴は「旧大本営と同一の発想」であると断じて強く批判しています。

彼の批判の要点を踏まえて現在の安全保障政策を見てみると、例えば、海上自衛隊による事実上の軍用シーレーン防衛であるTGT防衛構想が検討され、また統合運用の推進も強調され、さらに防衛大臣談話で「実効性のある自衛隊」が強調されるなど、共通性が数多く見出せます。この点は、30年以上を経て、海原の主張が中央でも取り入れられつつあるという評価も可能でしょう。少なくとも海原の認識や主張には、「23大綱」以降の防衛大綱に含まれる概念や主張を先取りしたものが多く、この点からも注目に値するものと言えましょう。

勿論、本書の多くの部分は、出版の経緯もあって、彼の同僚だった川崎一佐の自殺、自分や元部下の左遷・追放、マスコミや「佐藤派」からのバッシングへの無念、これらに関する恨みの色彩が強く、これまでも学術的、客観的な検証に耐えられない部分があることも指摘されてきました。残念ながらこうした側面が事実としてあり、また彼の防衛戦力の構想にしても、旧安保条約的な観点が基本になっていることも批判の対象となってきました。つまり、彼は純粋な日本本土防衛と米軍の来援を基本にしており、域内・域外での日米協力の為に必要な戦力は考慮していないのです。これは、当時の世界情勢や日本の置かれた戦略環境からも理解できなくもないことですが、バランスを失しているとの批判は避けられない点であります。

こうした限界の一方で、例えば挿話として語られる、防衛計画の非現実性への批判や、内局と制服の官僚主義の弊害の実例は、現在の話としても通る事例でもあります。

現在、戦後の防衛政策研究は、ポスト海原、ポスト久保の時代に焦点が移行しています。また、海原個人については、強力な個性と指導力を発揮し、「海原天皇」「陸原」とまで渾名されるほどであったこともあり、海原の伝記的側面は注目されてきたものも、日本の防衛政策の発展の中での検討が十分になされていないと言うこともできましょう。

しかしながら、「統合運用の強化」や「防衛省改革の再開」が指摘される今だからこそ、海原の再評価するべき部分、再批判されるべき部分についても検証を進め、防衛政策の発展の観点から検証することが望まれます。何よりも、30年前に海原が指摘した課題が現代の政策においても課題とされていたり、海原の構想に類似したものがようやく実現されつつあると言う点は、今の防衛政策を見る上でも、興味深い観点と思われます。

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執筆担当:研究員C
<プロフィール>都内某研究機関の研究員。安全保障研究を専門にやっています。過去には国際協力や防災等をテーマとする官庁からの委託調査も実施いたしました。最近は、混迷を深める国際情勢を眺めていることもあり、いろいろと呟いていきます。

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