北海道大学生がイスラム国に戦闘員として渡航を試みたことで、警視庁公安部が事情聴取を行いました。この際、私戦予備及び陰謀罪違反が事情聴取の根拠とされましたが、この法律とはそもそもどのような法律なのでしょうか。
1.法律の内容
以下では、大塚仁ほか編「大コンメンタール刑法〔第2版〕第6巻」に記載の内容に基づいて、法律の内容をまとめてみたいと思います
私戦予備及び陰謀罪は、
刑法第93条で以下のように定められています。
“外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、3月以上5年以下の禁錮に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する。”
この法の趣旨については、我が国の国際関係的地位の安全を図るものとされる解釈が有力です。つまり、国権の発動たる自衛権や憲法九条で禁止された国際紛争の武力による解決を、一個人がされては困るので防止しようというものです。
法の中身を見てみましょう。まず、「
外国に対して」とありますが、ここでの外国とは何なのでしょうか。大コンメンタールは、「外国」とは統治組織体としての国家である外国としています。この場合、我が国が国際法上、国家承認及び政府承認しているかどうか、国交の有無は関係ないとされます。しかし、外国の一部地方や特定の外国人組織に対する闘争等は対象外と解釈されるとしています。
次に「
私的に戦闘行為をする目的」とありますが、これは何なのでしょうか。これについては、「
国権の発動によらず私的な武力行使を行うこと」とされています。「
私的に」とは、私的な組織集団により、我が国の国家意思とは無関係にということであり、「
戦闘行為」とは、武力による組織的な攻撃防御の形態を指すといわれています。なお学説としては、自衛隊も適用範囲とする説、日本人が外国人に与してその政府に抗敵するのは内乱に与するもので本罪ではないとする説もあるとされます。
次の条文では、「
予備」とあります。この予備とは、実行の着手以前の段階における計画に基づく実行のための行為とされています。兵器・弾薬・食料・資金・人員・船舶・航空機の調達も予備行為なのです。ただ、どの段階で予備か着手かは議論があるとされます。
そして、「
陰謀」です。これは私戦の実行を目的として、二人以上のものが互いに私戦を計画し、合意することとされています。
さて、この法律は「予備」のみで、実行は規定されていません。旧刑法では実行も処罰されるとありましたが、新刑法でなくなった理由としては、
①私人が外国と戦争することはあり得ないと考えられた説
②日本国内で実施されるとは思えないと考えられた説
が指摘されています。
ただし、未遂及び既遂を罰する規定がないことに関して、通説では殺人放火強盗騒乱罪等による処罰を行うべきとしています。他方、私戦の実行は刑罰消滅という説もあるとのことです。
この法律の刑罰についてみてみましょう。
3月以上5年以下の禁固刑であるのは確信犯であるためと言われています。そして、自首が無罪となるのは未然に防止するためとされています。
続いて、
私戦予備及び陰謀罪に関する課題(下)では、課題と今後の在り方について論じていきます。
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執筆担当:研究員C
<プロフィール>都内某研究機関の研究員。安全保障研究を専門にやっています。過去には国際協力や防災等をテーマとする官庁からの委託調査も実施いたしました。最近は、混迷を深める国際情勢を眺めていることもあり、いろいろと呟いていきます。