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研究員の呟き

研究員の呟き

イスラム国での人質事件とその交渉の意味―ヨルダンという国家の位置づけ―2015/02/27  読むための所要時間:約 5分27秒

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Photo by Patrikneckman "Jordan flag"

イスラム国が日本人2名を人質として、日本政府に身代金やテロリストの釈放を求めてきた事件は、両名が殺害されるという悲惨な結果で、いったん幕を閉じた。今後は、事件に対する日本政府の対応が問われていくことになるだろう。現実に国会内外で安倍首相の言動を批判する声が大きくなり始めている。

国民の命を守るのが政府の責務というのはその通りだが、同時に政府は国際関係の中で自らの国益を守るために動かなければならない。国際関係の観点から、今回の不十分と批判される政府の動きを考えるとき、鍵となるのは日本政府が現地対策本部を置いたヨルダンの国際社会における位置づけだ。

ヨルダンは、ISILが交換条件として提示したテロリスト(サージダ・リシャーウィ)を拘留していて、また戦闘機パイロットを人質に取られていた。

中東地域に位置するヨルダンだが産油国ではない。このため1人当たりGDPは4,000ドル超であり、この数値は決して悪いものではないのだが、産油国として有名なアラブ首長国連邦は、日本の約1/10だ。ヨルダンと似たような1人当たりGDPの国としては、ボスニア・ヘルツェゴビナやパラグアイ、東ティモールなどがあり、世界ランクで言えば概ね100-120位程度と、さして富裕国ではない。

またヨルダンは、国内に目ぼしい産業や資源はなく、国際的に売るものがない。ヨルダンは有名なペトラ遺跡をはじめとする観光資源で生きている国であり、GDPの実に60%以上を観光業で稼いでいる(残りの多くは国際援助だ)。このために特に首都であるアンマンには近代的な建築が立ち並び、観光客の旅行先としてはヨーロッパとさほど変わらない快適な環境にある。

度々報道されてきたように、ヨルダンは穏健なイスラム教国であり、親米路線を取っている。ヨルダンはもちろんイスラム教徒が人口のほぼすべてを占め、王家であるハーシム家は、イスラム教の預言者ムハンマドの血筋に当たる。一方でイスラム教徒一般に嫌われているイスラエルとも比較的良好な関係を持つ数少ないアラブの一国だ。

ヨルダンの人口構成は、ヨルダン人よりパレスチナ人が多数派なのだ。パレスチナ系ヨルダン人とはイスラエルの占領に伴う難民出自で、イスラエルに肩入れする米国に与することは、当然に国内では批判が出る。

ここで中東の地図を開いてもらいたい。ヨルダンは、西をイスラエル、南と東をサウジアラビア、北をシリア、東はイラクという中東地域の強国に挟まれている。つまりヨルダンは、イスラエルと敵対的なアラブ諸国、そして親米的なサウジアラビアと反米的なイラクといった形で、対立の激しい中東地域の要に位置し、それらの国々が直接戦争を行うことを難しくしてきた緩衝国なのだ。

長々と何が言いたいかといえば、ヨルダンは国家としてのパワーがそもそも脆弱で、周辺を地域の強国に囲まれ、国内の多数派からは評判の悪い親米路線を取っている。いつ消えてもおかしくないような脆弱さだ。だが、緩衝国として中東の安定に不可欠だということだ。

さらにヨルダンという国家は、単に緩衝国というだけではない。米国が中東地域の情報収集の拠点を置き、ヨルダンの情報機関はアメリカの情報機関と密接な関係を持つ。人種的に中東現地での活動に制約があるアメリカの情報機関にとって、ヨルダンの情報機関からの情報は大きな価値を得る。

要するに、ヨルダンが現在の親米的で穏健なヨルダン政府統治下で安定していることは中東の安定に不可欠であり、特にアメリカにとっては死活的に重要なのだ。

仮に日本政府が自国民の救出のためにヨルダンの拘束するテロリストを解放させれば、ヨルダン国内で政府批判が高まる。さらにヨルダン国内にISILへの支持が集まったりすることも考えられた。これは中東に重大な危機をもたらす。アメリカの本音は、ヨルダンが不安定化するような結果は望まないのであり、口でどう言おうとも実際的な支援は期待薄だった。

ヨルダン自身は日本との関係も重要だが、国内の安定はそれにも増して重要だ。王家の有力支持部族出身のパイロット殺害後に、国王自らが報復的な攻撃を再三に渡って強調しているのは、こうしたヨルダン国内事情が背景にある。

事件が発生してから日本政府が支援を求めたヨルダンやアメリカは、本音ではヨルダンの安定が最優先であった。この中でヨルダンを不安定化させずに、日本が主導して人質事件を解決に導くには、すさまじい外交力が必要だったろう。そしてそれは、今回は手に余ったのだ。

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執筆担当:研究員B<プロフィール>危機管理を専門とするコンサルタントとして、民間企業に対するアドバイザリーやコンサルティングを手掛ける傍ら、官公庁の委託調査や研究機関との共同研究を行っています。これまでに重要施設の警備、災害発生時の対処計画等の計画策定や震災対策、国内外被災地の状況調査に従事してきました。これらの経験を活かして火力支援社では、地方議員の方を対象にした調査・アドバイザリも行っています。

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