『
マネーの進化史』や『
劣化国家』等の著作で知られ、今後は都市国家の時代になると主張しているハーバード大学教授のニーアル・ファーガソン(Niall Ferguson)が、「ネットワークとヒエラルキー(Networks and Hierarchies)」という興味深い論説を書いておりますので、以下ご紹介いたします。
そもそも西洋は分権・分立型のネットワーク社会、アジアは階層制度であったとファーガソンは一刀両断します。現在、ITの発展で広がり、強まることで、米国中心のネットワーク社会は有利にあるように一見見えるとファーガソンは言います。例えば、
①市民のアクセス可能な情報量の増大
②公表する力を個人に付与
③ネットワークはその機能性によって政府の非効率性を明示
という点で有利とします。
③の好例はオバマケア(オバマ政権の医療保険制度)の不手際です。オバマ政権は医療保険制度の申し込みサイトを立ち上げましたが、機能不全や取り違えが相次ぎ、まさしく政府の非効率性が明らかとなりました。
ですが、仮に階層制度がこのネットワーク社会をうまく利用したらどうなるかとファーガソンは疑問を投げかけます。
つまり、一見すると対立関係にある階層制度とネットワーク社会は、実際には親和性があるのではないかと主張するのです。
その根拠としてファーガソンは、第一に、ネットワーク化された世界では民衆は 刺激に慣れてしまい社会的な問題に無関心になりやすいとしています。
第二に、近年の ネットワークは従来の予想とは逆のかなりの不平等主義にあるとします。これはFacebook社やGoogle社がそうであるように情報インフラの独占と利益の集積が起きていることがそれだとします。つまり、近年、欧米で話題のフランスの経済学者トマ・ピケティによる「危険なまでに格差が国際的に拡大している」という主張のもっとも適切な根拠はシリコンバレーにこそあるとまで言います。
第三に、スノーデン事件が明らかにしたように、通信傍受を行っていたNSAと既に挙げたIT系大企業は実際に共謀しているということです。これについては、スノーデンによる暴露が無ければ、その事実さえ不明だったとも指摘しています。
そして、時々、我々は半世紀以上も前の古いフレームワークで自身の問題を考えることを余儀なくされてしまうとファーガソンは指摘します。2007年以降の金融危機では、多くの経済学者は1946年に死亡したケインズの理論を再利用する羽目になりましたし、国際関係アナリストはケインズと同時代のケナンの用語を困惑しつつ使っています。
しかし、今や20世紀中頃と状況は大きく異なります。つまり現在の技術革新と国際的な経済統合の結合は、広大な私有のネットワークを生み出しました。これはケインズとケナンの双方が夢にも思わなかった事態だと指摘します。これらの新しいネットワークは、階層的な国の横暴から、我々を本当に解放するのか?古い階層と新しいネットワークが静かな和解に至るのでは?等の懸念を我々は持つべきだとファーガソンは提起しています。
ファーガソンの指摘は、三つの重要なポイントがあるでしょう。
第一は、
必ずしも歴史が単純に楽観論を一直線に進むものではないということを示唆していることです。
第二は、現在の中国がそうであるように、
SNSの発展が自由主義の発達だけではなくむしろその逆の専制主義の強化と発展に資するものでもあるということです。特に、ファーガソンが指摘するように自由主義と民主主義の総本山たる米国でそうした兆候がある事実は、指摘の重要性を増すでしょう。
第三は、まさしくネット空間という新しい公共空間をどのように管理するかが今後の課題だとしていることです。
安易な国家による管理や、国家と企業の共謀的管理はディストピアを生む可能性があるということです。
技術の発展が自由な社会や良き未来を作るという単純な技術重視論は、一つか二つの独立変数だけを単純かつ過剰に重視する陰謀論や『地政学(注1)』のような素人向けの考え方であり、愚かな単純論として同様にして戒めるものであるということでしょう。
注1:この場合は俗な意味での『地政学』であることに注意されたい
Niall Ferguson,Networks and Hierarchies,The American Interest,June 11, 2014.
---------------------------------
執筆担当:研究員C
<プロフィール>都内某研究機関の研究員。安全保障研究を専門にやっています。過去には国際協力や防災等をテーマとする官庁からの委託調査も実施いたしました。最近は、混迷を深める国際情勢を眺めていることもあり、いろいろと呟いていきます。